夏の匂い

夏の匂い

春夏秋冬とそれぞれに匂いがあります。春なら新緑の匂い、夏は草が青く湿った匂い、秋は植物が眠りに入る準備をするかすれた匂い、冬は冷たい空気の中のちょっと懐かしい古びた匂い。

匂いを嗅ぐと、その時のことを鮮明に思い出したりしますよね。夏と冬は特に思い出すことが多いなあと私は思います。夏に田舎に行くともうそれだけでノックアウト寸前です。

まだ青い田んぼの匂いで頭がくらくらします。

セミの鳴く声と頭をもたげたひまわり、どこまでも続く山々は青々として、照りつける太陽でざわざわと色を広げるようです。

川の流れとそれに反射する光がまぶしく、涼しそうに泳ぐ魚がうらやましく思えます。田んぼの所々にだるそうな案山子が見えるだけで、一番暑い時間には人っ子一人いません。

たまに通る軽トラックとタオルを首にまいたおじさんが、こんな暑いときになんで外にいるんだというような顔でこちらを見ます。

私の父方の実家は、東京から飛行機と電車を乗り継いで6時間程度かかる田舎です。祖父母とも亡くなったのであまり帰る機会はありません。

ただ、父の兄弟は田舎に住んでいるので、法事などの際に帰ることがあります。普通の田舎町だと思うのですが、まるでとなりのトトロの風景のような感じもします。

常にどこか懐かしいといいますか、そこで育ったわけでもないのに「ふるさと」という言葉がついて離れないようなところなのです。

私はそこに住めといわれると困ってしまいますが、帰るのは子どものころからとても好きでした。

都会っ子なので、田舎で見るものはすべて新鮮で新しく、近所の同い年の子どもたちに一緒に遊んでもらって日が暮れるまで山や川で遊んだものです。

虫一匹触れない子どもでしたが、田舎でみんなと遊ぶうちにすっかり触れるようになっていました。とんぼのヤゴなんかも手でつかんでいましたね。

今ヤゴを掴めといわれると恐らく無理ですが、そのころはなんでも掴んでいたように思います。怖いのは日が暮れかけたときの山の神社の境内ぐらいでした。

誰もいない境内にいると、建物に吸い込まれてしまいそうな気がして、怖くなって早く帰ったものです。

田舎は大きく受け止めてくれる雄大さもありますが、同時に自然の怖さを教えてくれる場所だったように思います。また夏の匂いがする季節がやってきます。

ステップワゴンスパーダ

固定電話の役目

私の仕事場は、一般客が普通に来店する店舗です。来店したお客様には住所や氏名などを記入してもらうカードがあり、いわば個人情報を山のように管理している仕事です。

そこで見るかぎり、最近連絡先の電話番号が携帯だけという人が本当に多いなと実感しています。

特に若い人、20代の方で独身の方はほぼ携帯のみ、といっても過言でないぐらいです。実際それで普段の生活にはなんの支障もありません。

逆に自宅に電話をつける意味があまりないくらいです。特に独身の方はそうでしょうね。結婚して所帯ができて、家に常に誰かがいるという家庭なら家に電話があるのも意味があるのでしょう。

独身でずっと仕事で家にいないのに、家の電話にかけてもらっても無意味です。私も独身時代は家の電話はつけていませんでした。

一時期IP電話をつけていた時期がありましたが、それも1年ほどでやめてしまいました。ある意味がないからです。

それでも家の電話がなくならないのは、様々な理由があるでしょう。携帯電話が持てない人もいますし、固定電話からしか繋がらない番号もあります。

携帯は電池が切れれば使えなくなりますが、固定電話は電気さえ通っていれば使うことができます。

また、意外なところかもしれませんが、未だに固定電話と持っていることがステータスのひとつである、とも言える場面があります。

私がそれを感じたのは、住宅ローンを組むときです。

今から4年ほど前に、中古マンションを購入することになり不動産屋さんに相談しにいきました。

物件はすぐに決まって、住宅ローンの手続きをするという時点で固定電話の有無を聞かれたのです。

その時は持っていなかったのでそれを伝えると、少しでも心証を良くするために固定電話の番号が欲しいといわれたのです。

なんのことかさっぱりわかりませんでしたが、固定電話を持っているというのがその人の格を少しだけあげる要因になるのだと理解しました。

その時はくだらないなあと思いつつ、お金のかかることでもきちんと維持をしているということが安心につながるのかな、と思いました。

昔はぼったくりかと思うほど電話の権利代は高かったですが、これから先需要が減っていくにつれて、そのあたりのお金や維持費も安くなるのはないかと考えています。

安くで持てるなら、家に電話があることは安心にもなりますから一考の猶予はあるかなと思っています。